大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(れ)1981号 判決 1949年12月22日

本籍

愛媛県宇摩郡川之江町三三一八番地

住居

山口県宇部市厚南区岡田屋山陽化学社宅

会社員

田尾信明

明治四十三年一月二日生

本籍

山口県宇部市大字上宇部一五九八番地

住居

同市西区小串通り山陽化学小串寮内

会社員

野村〓次

大正十三年五月三十日生

右の者等に対する不法監禁被告事件について昭和二十四年四月二十七日廣島高等裁判所の言渡した判決に対し各被告人の弁護人から上告の申立があつたので当裁判所は刑訴施行法第二条に従い次のとおり判決する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人両名弁護人福田力之助、同森長英三郞上告趣意第一点について。

しかし、原判決の挙げている多数の証拠を綜合すれば、被告人等が使用者側交渉委員を工場内に監禁せんことを決意し互いに意思を通じたことその他原判決の判示事実認定を肯認することができるから原判決には所論の違法はない。

論旨は、それ故にその理由がない。

同第二点について。

原判決が所論角出正則、上符哲男、内田仁一郞、千葉保男等に対する聽取書等を証拠としたことは所論のとおりである。しかし、原判決は、同聽取書をそれぞれ独立して措信するに足りる適法な証拠として引用した外、同人等を証人として訊問した第一審又は原審の公判廷における右聽取書の供述その他の事項を肯定した供述をも併せて証拠としたものであつて、所論のごとく同人等が公判において証人として為した「警察で供述したことは間違いない」趣旨の供述により右聽取書を適法な証拠と認めたものではない。そして、右聽取書は刑訴応急措置法一二条により、その証拠能力を認めることができるものであつて、本件においてその証拠能力と証拠力とを否定すべき何等の理由をも見出すことができないから、所論は、採ることができない。

同第三点について。

しかし、原判決は、所論のように相手方が単に監禁の状態にあつたが故に改正前の労働組合法一条二項の適用の余地がないと判断したものではなく、所論諸般の事情等を審理検討した上、本件の不法監禁行為は、労働争議中に発生したことではあるが争議行為自体に随伴して生じたものではなく、従つてその違法性を阻却するか否かについては、争議行為自体の正当性の有無を判断する必要はないし、また、本件行為は、判示認定のように憲法、労働組合法等において保障確認されている団体交渉その他の団体行動権を行使すべき憲法所定の趣旨に反し、專ら団体交渉の目的を達する手段として判示のごとく使用者側の交渉委員及びその補助者を約三十五時間に亙り工場内に閉じ込めて憲法の保障する身体の自由を拘束したものであるから、正当な団体交渉とは認めることができず、従つて前記条項の適用を認める余地がない旨を判断したものである。そして、その説示は要するに、本件行為をもつて団体交渉権行使の正当な範囲を逸脱したものと認めた趣旨と解することができ、そして、その認定は原判決の列挙する証拠によつて首肯し得るところであるから、原判決には、審理不尽理由不備の違法があるとは認められない、所論はそれ故に採ることができない。

よつて旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 沢田竹治郞 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郞)

昭和二四年(れ)第一九八一号

不法監禁

被告人 田尾信明

同 野村〓次

被告人両名弁護人福田力之助、同森長英三郞上告趣意

第一点 原判決が被告人両名を刑法第二百二十條第一項不法監禁罪に問疑した事実の要点は「被告人田尾は鬪争委員長として交渉委員を兼ね、争議行為全般を指揮統括し」「被告人野村は靑年行動隊長としては青年行動隊員を率いて争議行為の推進力」となつたと認定し、昭和二十二年十月二十五日午後三時頃から同月二十七日午前二時頃迄の間「靑年行動隊員を中核とする組合員数十名乃至二三百名をして、或は工場長室を取かこみ、或は同工場の要所要所に警備員を配置し、或はその工場より脱出しようとするのを腕力に訴えて阻止する等の方法に出でしめ」た旨判示した。併し乍ら民主的に運営されている労働組合に於て「鬪争委員長、」「靑年行動隊長」等に選任せられたからといつてそれぞれ大会の決議等、大衆の決定に従つて、行動するに過ぎないのであるから、判示の様な組合員行動があり、それが不法監禁行為の手段となつたとしても、その刑事責任を被告人両名に負わせるには、刑法理論上、被告人両名に犯意があつたことを証拠に依り証明せられなければならない筋合である。殊に原判決は刑法第六十條を適用しているのであるが被告人両名の間に共犯関係があるとするならばその証拠を挙示しなければならない。然るに原判決の証拠説明を検討するに、只証挙を羅別したに過ぎず、その如何なる部分に依り右の事実を認定したか全く不明であり、特に原判決認定の「被告人等は要求項目の貫徹のため組合大衆の威力を利用し公開の儘団体交渉をなし、交渉解決に至る迄使用側交渉委員を工場内に監禁せんことを決意し、互に意思を通じ」たというような証拠は一つもない、従つて原判決には理由不備又は理由齟齬の違法があるから之を破毀すべきものであると信ずる。

第二点 原判決はその証拠として「角田正則に対する昭和二十二年十二月二十日附司法警察官代理聽取書」「上村哲男に対する昭和二十二年十二月二十日附司法警察官聽取書」「内田仁一郞に対する昭和二十二年十二月十五日附司法警察官聽取書」「千葉保男に対する昭和二十二年十二月十五日附司法警察官代理聽取書」等を証拠に引用した。而して何れも第一審公判調書中に夫々証人の供述として警察で供述したことは相違ない旨記載あることを以て直ちに警察官又はその代理の供述録聽取書の内容を適法な証拠として断罪の資料に供しているのであるが、斯る引用は本件に適用ある旧刑事訴訟法第三百四十三條の精神に違反するものである。

抑々宣誓した証人の供述は、その証言自体には証拠力があるが單に「警察で供述した事は間違いない」趣旨の一言に依り、訴訟法上、証拠力のない司法警察官の聽取書全部が無條件に証拠となる筈はあり得ないと考える。従つて原判決は違法な証拠に依つて事実と認定したものであるから破毀を免れないと信ずる。

第三点 原判決は原審弁護人の本件について改正前の労働組合法第一条第二項の適用ある旨の主張に対し本件は使用者側交渉委員及その補助者を不法に監禁することを手段として交渉の目的を達成したものであること明かであるから正当な団体交渉とは認めることは出来ない。

従つて労働組合法第一条第二項の適用を認める余地はない」趣旨の説明をして此の主張を排斥した。併し乍ら外形上所謂監禁に該当する事実があつたとしてもそれが不法であるかどうかを判断するには労働組合法第一条第二項の適用を考える必要がある。即ち会社側の態度、従来の争議の経過等を検討し、労働組合運動として真に止むを得なかつたかどうかを資料として、正当な組合活動であつたかどうかを判断すべきであつて、單に監禁の状態にあつたが故に労働組合法第一条第二項の適用の余地がないというならば、同条項は全く空文に等しいことになる。

本件については会社側の交渉の態度は不誠意極まるのであり時に本件が同盟罷業中の団体交渉であつて労資雙方に於て解決の必要に迫られていた事情を考るとき、組合側に於てはその生活を賭し組合員及家族の死活の問題として争議解決を望んでいた時であり、この情勢が組合員をして会社側交渉委員に対し、強く要望するに至らしめたものである。又会社側交渉委員及その補助者等は十六名も工場内に居たのであり、暴行脅迫等の行われた事実もないのであるから、その交渉が三十数時間に及んだとしてもこれを以て労働組合法第一条第二項の適用余地がないとはいわれない、況んや二十五日午後九時頃から翌二十六日午前五時頃迄は会社側が賃金の計算のため交渉をしていなかつた(証人角田正則第一審第二回公判に於ける証言)ことが明かであるから会社側に於ても交渉備準の為めの時間であつたといえる。要するに会社側との従来の交渉経過に鑑み事務的用意等も団体交渉中に実行するのでなければ到底解決は至難と考え組合員等が強く要求したに過ぎない。果して然らば原判決には審理不儘理由不備の違法があるから破毀すべきものと確信する。

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